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2006年9月27日(水) [荒井秀樹]
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太田渉子の決心 フィンランドから。

2006年9月27日(水)  [荒井秀樹]

9月10日、僕と太田渉子は成田を発ち、フィンランドのボッカティに向かった。すでに新聞でも発表されているが、スキー部の名門、ソトカモ高校に留学し、本場でクロスカントリースキーのトレーニングに励むためだ。期間は卒業できるまでの3年間。


英語も片言だし、ましてやフィンランド語は「キートス」(ありがとう)ぐらいがやっとのレベルなのに、一人3年間を決意し、「やるぞ!」という太田渉子は凄い高校2年生、17歳だ。


目標は、当然だが2010年、バンクーバーパラリンピックでの金メダル。出発前の地元山形県尾花沢での壮行会で、金メダルを宣言したという。そして何よりも、そのためのフィンランド留学なのだ。


我々は、今回のトリノパラリンピックで、小林深雪の金メダルの素晴らしさや感動を体験することができた。でも、その反面、金メダルを取ることがどんなに大変なことかを教えてくれた大会でもあった。4年後のバンクーバーパラリンピックは、もっともっと熾烈な戦いになるだろう。そして、それは真に強いものだけが手に入れる事ができる最高の栄誉にちがいない。


そう考えたら、僕は、太田渉子の決意したフィンランド留学が、どんなに大切かを教えてくれている。
今までと同じ事を繰り返すだけでは勝てない。家族や日本から離れ、本場で一人、頑張りぬく太田渉子に、何かこれからの日本のパラリンピック選手の未来が見えてくるようだ。


学校が休みの日曜日、僕と渉子で2時間、森の中を歩いた。ポールウォーキングだ。途中、ボッカティ全体を眺められる丘に上がり、そこにあるジャンプ台に登った。
遥か向こうに見える湖やクロカンコース、自然の中にある学校の寄宿舎、体育館やグランド、プール棟に、射撃場、そして1キロ以上もあるスキートンネルを見て、渉子は何を決心し、何を思っただろうか。


僕は、カメラを出して、それらをバックに渉子を写した。ファインダーに写っている渉子は今、どんな思いかは知らないけど、僕は3年後、もう一度、渉子とここに来て、厳しい練習に打ち克った渉子の写真を撮ろうと決意をした。

[写真]2006ボッカティ太田渉子

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