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世界の頂点をめざし、パラスポーツの裾野を広げたい!日立ソリューションズ「チームAUROEA(アウローラ)」の選手・監督が、日常の素顔から大会日記までをお届けします。

世界の頂点をめざし、パラスポーツの裾野を広げたい!
日立ソリューションズ「チームAUROEA(アウローラ)」の選手・監督が、
日常の素顔から大会日記までをお届けします。

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荒井監督、涙の選手紹介

3月28日のスキー部のシーズン報告会で、荒井監督からソチ・パラリンピックでの選手たちの活躍、日ごろのトレーニングの様子や活躍の裏側を監督の目線からお話しいただきました。
時に涙ぐみながら話す荒井監督の語り口に、後援会員の方たちも熱い思い、感動を共にしました。


[写真]荒井監督
(選手たちを見る荒井秀樹監督)


阿部友里香選手は、夏からソチのロングを目標にすえて、同志社大学のシミュレーションシステムでトレーニングを繰り返してきました。
その時には、当社の社員が一緒についてくださって、機械を操作したり映像を調整したりしてくれました。
そのおかげで、たった3年間のスキーの経験で、今回クロスカントリーロングで、みごと8位入賞することができたと思います。」


[写真]阿部友里香選手
(阿部友里香選手の戦績を紹介)


太田渉子選手ソチ・パラリンピックの開会式の旗手を見事に務めてくれました。
普段あまり緊張しない太田選手が、緊張していました。会場に入る直前にようやく太田選手に旗が手渡され、、みんなで記念撮影をして、そうして入場していきました。
入場行進の次の日が狙っていたバイアスロンショートで、体調管理も難しかったと思いますが、見事6位に入賞してくれました。本当によくやったと思います。」


[写真]太田渉子選手
(ソチで旗手を務めた太田選手の紹介)


久保恒造選手は、この2年間、ずっと年間ランキング上位で、表彰台にも上っていましたので、絶対にメダルを取らせたいと万全の体制でのぞみました。
銅メダルを取ったバイアスロンショートは、走りも順調で射撃も良かったのですが、ロシア陣営に加えアメリカの選手が予想外に良かったので、コースの3か所にスタッフが立ってタイムランチャーでタイムを確認して、久保選手に伝えていきました。
最後の直線にはほとんど同タイムで入ったので、皆さんが応援されていた、あの最後の直線で、何か一つ、ストックミスや何かあったら逆転されるところだった。そうしてとった銅メダルです。」


[写真]久保恒造選手
(久保恒造選手 バイアスロンショート銅メダル獲得)


新田佳浩選手も、われわれが是非表彰台に上げなければいけない選手でした。
直前に、ワックスがどうしても合わない時のためのグリップワックスを塗らないで履く特別のスキーを手に入れるなどの準備もしていました。
ところが当日の朝に、コースに大量の塩をまかれて硬いバーンになっていた。そこからストラクチャーを入れ直し、ワックスを変えましたが、ほぼ互角か、むしろロシアのスキーの方が滑っていたと思います。苦しいレースでしたが、新田選手は最初から飛ばして、逃げ切りの作戦を変えなかった。
クラシカルロングでは、ロシア勢とフィンランドの選手と新田の5人の戦いと思ってタイムランチャーで見ていったが、悔しい悔しい4位でした。
しかし、この悔しさは、神様がくれた4年後に繋がる試練だと思っています。
これから、スキーの技術や用具、ワックスをつぶしていって、勝てるようにしていきたいと思っています。」


[写真]新田佳浩選手
(新田佳浩選手 クラシカルロングで4位)


「今回の一番のヒーローは、長田弘幸選手兼コーチです。長田さんに解説を頼んだのは、僕です。
NHKにもスカパーにも、ノルウェーからシットスキーをもってきて日本に広めた、障害者ノルディックスキーの第一人者ですといって、推薦しました。
皆さんご存知のように、普段、言葉が少ない長田さんですが、僕が原稿を書くからと、引き受けてもらいました。
でも、僕も、現地で忙しかったんですね。(会場、笑)
長田さんからは電話やメールで催促が来るんですけど、なかなか大変で・・・。メール、送りましたよね、(長田選手、首を横に振る)初戦くらいは、ね?あと、ワックスマンの方や射撃の阿部コーチや、久保選手からもライバルのことを書いてもらったりして送りました。
でも日本に帰ってきて、名解説をしてくれたと、家族からも聞きました。本当に障害者スポーツの発展のために、力をくれたと思います。良かったです。」


[写真]長田弘幸選手兼コーチ
(長田弘幸選手兼コーチ)


日立ソリューションズスキー部は今後とも精進を続けてまいります。
皆さまの一層の応援をよろしくお願いいたします。