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2006年10月25日(水) [長田弘幸]

車いすマラソン車椅子

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北の鉄人 吉田穣さん はまなす全国車いすマラソン大会

今年6月に開催されたはまなす全国車いすマラソン大会で、一人の車いすマラソンランナーが復活しました。北海道車いすマラソンクラブの会長として長年、自分たちを牽引してくれた吉田穣さん(何と66才)である。

今年、無事完走した吉田さんは昨年の同大会出場の後、左足に原因は不明ですが血栓ができてしまいした。検査入院後、吉田さんから「左足を大腿部から切断する事になった。」と聞いた時は、とても驚きどのように声をかけて良いのか分からずにいました。手術の数日前に吉田さんに会いましたが、本当にこれから足を切断するのかと思ってしまうほど、あっけらかんとして明るく接してくれてかえって自分が励まされて帰ってきた事を覚えています。自分のような脊髄損傷者が、足を失うと、とてもバランスが悪くなって普通の車いすに座ることも大変になってしまうそうです。


手術も終わり退院した後しばらくして吉田さんは、左足を失った体に合うようなレース用車いすを作る為に、札幌から車で千葉県まで行って採寸してきました。それを聞いた自分は何という気持ちの強さ、マラソンを続けたいという気持ちなのだろうかと思いました。もし、自分だったら吉田さんの年齢になってスポーツを楽しんでいられるだろうか、はたして、そのような状況で気力と体力を持ち続ける事ができるだろうか、と考えさせられました。


レース用車いすが出来上がってきて、雪解けの頃からトレーニングをしていると聞き、回復の早さにも驚かされました。トレーニングの甲斐があってわずか一年で見事フルマラソンを完走し、現在リハビリ中の自分にも大きな目標となりました。どういう思いでレースに臨んだのか、走っている時、ゴールした時の喜びはどうだったのか、そう考えると自分の事以上に嬉しくとても励まされました。


吉田さんは8月に行われた釧路湿原全国車いすマラソン大会(ハーフマラソン)にも出場しました。結果が気になり電話をすると奥さんが出てレース展開を嬉しそうに教えてくれて、完走したと喜んでいました。今何処にいるの?と聞くと「ここ、遠軽。札幌までまだ300km以上あるけど今日中には着くから。」やはり鉄人にはかなわないと思いました。自分も鉄人に近づけるようにまだまだ頑張らなければと思いました。

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