2007年04月02日(月)[荒井秀樹]
太田渉子の宝物
フィンランド、ドイツ、スウェーデン、カナダと続いたワールドカップも井口深雪や新田佳浩の活躍で、来季に向けた課題も明確になり、2007シーズンの大会も全日程が終了した。
ワールドカップ・カナダ大会の後、僕らは日本へ、太田渉子はフィンランドへ帰っていく。
バンクーバーの空港ロビーで、渉子が「じゃ、私はフィンランドに帰ります」とちょっぴり寂しそうに言った。
僕は握手をして、「頑張ったな~渉子。忘れ物するなよ~。迷子になるな~。風邪ひくな・・・」と送り出す。
空港でのいつもの光景だが、でも今回は最終戦。今までは、また次のワールドカップで会えたが、もうチームメイトとは来シーズンまで会えない。
本当だったら、学校が春休みの間くらいは、一緒に日本に帰って、渉子もおじいちゃんやおばあちゃん、市長さんや地元の皆さんに大きなトロフィーを見せたり、昔からの友達とおしゃべりを遅くまでしたりしたいに違いない。そして何よりも、お父さんやスポーツ少年団のコーチだった伊藤さんたち、妹のアキコが渉子お姉ちゃんの帰りを、どんなに喜ぶことだろうか。
しかし、フィンランドには春休みがないのだ。
そんなことを思うと僕は、そのままフィンランドへ帰り、トレーニングに励む太田渉子を応援し、なんとしても彼女が目標としている夢を叶えさせてあげたいと思うのだ。
帰国してから、フィンランドの渉子からメールが届いた。
「荒井監督、 ・・・・・ 飛行機の乗り継ぎ・ホテルとも問題はありませんでした。
すでに解決済みですが、ポールケースが別の便になり届くのが遅れたこを除けば。
学校も月曜日から普通に始まり、来週からテストなので眠気と戦いながら勉強しています。
・・・・・・ もう来シーズンを考えて動いているのですね。
今年のスキー部はリーダーが深雪さんから新田さんへと大きく変わり、
どんな新しいチームと会えるのか楽しみです。」
と、渉子のメールも、とても上達したように思う。
そして、
「・・・今日のトレーニングは下り坂のテクニックでした。
片足スキーやジャンプ・ジグザクにターンしながら・・・みんな上手い!
気温は日中は5度くらいに上がるのですが夜はマイナスです。
午前練が1番滑り最高に気持ち良いです」と。
渉子が所属するソトカモ高校スキー部の練習内容を必ず報告してくれる。
長かった大会シーズンで、スキーへ乗る位置やフォームを崩している場合が多い。
そんな高校生を、レースが終わったこの時期、下り坂の練習で、スキーに乗る位置を再確認させている。たぶん楽しそうに競ってダウンヒルを堪能したに違いない。コーチが何故今この練習をするのか、よく分かる。
こんな練習をできるところが、北欧の強い秘訣なのかも知れない。
そういえば、夏、彼らのローラースキー練習を見て驚いた。
クラシカルのローラーで推進滑走のダブルポールの練習をしていた。
でも、よく見るとみんなストックを持っていないのだ。
両足を揃えたまま、ストックを持たずに、身体の前傾と踏み込みで前に進んでいく。そう、どんどん前に進んでいくのだ。
もちろん腕は素早く振り下ろし、振り上げる・・・このタイミングが難しい。身体全体が一つの動きにならないと前には進まない。
日本では学べないことも、しっかりと学んで、強くなってほしい。それも心身ともにだ。
そんな渉子にも、楽しみがあって、遠征中に、みんなが持参してくれた日本食を渉子にあげている。
渉子は、それをとっても嬉しそうに受け取って、微笑んでいる。
本当に嬉しいのだ。
渉子の寮の部屋、キッチンの戸棚には、沢山のそんな「戦利品」が入っていた。
みんなからの日本食、渉子は宝物を抱くように、大切そうに保管している。
麺類、ご飯もの、調味料と、とりやすいように整頓してある。
それを見ていると、すごく沢山の人達が、渉子にくださった日本食の数々に
なにか、とても言い表すことのできない感謝の想いがこみ上げてくる。
そして渉子のメールに、
「この週末、Vuokattiスキーマラソンに参加します。32km。
リラックスして春スキーを楽しみます♪」
渉子とフィンランドの生活、宝物の日本食に囲まれて、なにかとても合っているような気がした。