
2007年02月28日(水)[荒井秀樹]
井口深雪引退に思うこと
井口深雪(旧姓小林)が現役引退を表明した。実は、トリノを戦う前に「結婚と引退」を相談されていた。
僕は、正直、まだ続けてほしい気持ちと、アメリカにいる彼と結婚して幸せな家庭を築きたいという深雪の気持ちを応援したい気持ちが入り混じっていた。
僕は思うのだ。
長野パラリンピックに向けトレーニングを積み始めた頃、深雪は東京の中央区で特養老人ホームの新川マイホームが職場だった。練習場所は、隅田川をはさんだ門前仲町に近い越中島の深川スポーツセンターで、僕は所長をしていた。毎日、仕事が終わってから深雪は暗い道を一人で歩いてトレーニングに通ってきた。
もう長野本番まで時間がないと、出来ることは何でもやろうと凄い練習を続けていて、そんな深雪をみて、センターの職員やお客さんたちが皆応援してくれた。
今のガイドがつけるマイクとスピーカーもスポーツセンターのバドミントンのお客さんで山本さんという方が製作してくれた。今なお海外からも注文がくるヒット商品だ。
また、地域の町会の方やPTAの方などがパラリンピック応援の催しを開いてくれた。スポーツセンターの職員の方たちもイベントを開いてくれたり、資金がないとカンパも集めてくれたりしてもらった。深雪の地元小谷村や母校の松本盲学校以外からも、こんな温かい応援をたくさんもらっていたのだ。
あれからもう10年になる。
本当に多くの人達に支えられて、ここまで来られたなと感無量だ。
今、世界のワールドカップがスウェーデンで大会に出場していて、深雪はバイアスロン2戦に優勝し、誰もがしたことのない2試合連続合計40発満射をやってのけた。100%の命中率だ。
各国の監督たちも、深雪の射撃を絶賛している。もうこれほどの選手は現れないだろうと。
深雪が尊敬する憧れのアンネメッテ選手の元ガイド、ステファンに僕は告げた。
「深雪が今年で引退する」と、彼は「何故?」と聞いてきた。
僕は「深雪は結婚して、早くこどもがほしいと願っていて、彼のいるアメリカで生活を始めるんだ」と伝えた。彼は驚いて、深雪の部屋まで、別れの挨拶に来てくれた。
ステファンは3月のカナダ大会には来ないため、深雪も別れを告げ、記念写真をとった。
こんなにも海外の選手やガイド、コーチからも深雪は愛されている。
そして、深雪に「ご苦労様」。
何年かして会った時に、また楽しい会話をして、昔の話に盛り上がったり、これからのパラリンピックや次の選手たちに想いをはせたり、そんな夢や情熱を共有したいと願っている。
僕は深雪に心から「ありがとう」の言葉を贈る。
「本当にありがとう。」