2019年07月30日(火)[アウローラ]
教えて桜井智野風先生!-久保恒造選手、馬場達也選手の進化形 後編
久保選手は長距離、馬場選手は短距離を主戦場にしています。先生から見て二人はどのようなタイプでしょうか?
性格的なことを言うと、馬場選手はわりとサバサバしているタイプで、久保選手はじっくり取り組むタイプ。実は短距離と長距離それぞれの特徴としてよく言われるもので、二人とも適性があると思います。
お二人それぞれの重点課題を教えてください。
短距離を得意とする馬場選手は、ウォーミングアップに加えて、15~17秒という戦いの中で何をしなくてはいけないかという、レース展開も考えていくことが大切です。身体づくりは自分でできますが、その身体をレース中にどうやって使っていくのが良いのか、一緒に考えていきたいと思います。
久保選手の課題は、正直、私にはもう見えないレベルかもしれません。あえて言うならばメンタル面だと思います。まだどこかで心の弱さが出るときがあるような気がしますね。
久保選手は日本選手の中でも比較的小柄な体格で、エンジンの排気量で例えると、すごく燃費が良い小型エンジンです。その効率の良さを生かすことが勝負のポイントになります。この勝負勘という点でも、最近かなり自信をつけてきていると思います。
久保選手を2012年からサポートしていますが、久保選手の変化を教えてください。
久保選手は、2008年にAURORAへスキー選手として入部しました。2012年当時、私は北海道にいて、スキーのコーチとして相談を受けたことが始まりです。
久保選手はスキーを始めて数年という時期でしたから、試行錯誤しながらトレーニングを進めました。ポストイットに課題を書き出すなど、頻繁にミーティングをしていました。
銅メダルを獲得したソチパラリンピックの直前には、緊張のせいかお腹を壊してしまい、「もうダメだ」と言うので、思い切って「もう練習も1週間くらい休んじゃえ」と言ったのです。するとそれがきっかけで調子が上がったなんてこともありましたね。
車いす陸上に転向してからは、自分で計画を立てるようになり、今では実行するところまでできています。私は後押しをしているくらいです。
実は、リオデジャネイロパラリンピックの前は、久保選手にとって苦しい時期だったと思います。最大酸素摂取量の数値を測定しても数値が上がらなかったのです。そのような中、ある大会でまあまあ高い数値が出たので、その結果を信じて結果につなげたのです。まさに起死回生という状況でした。
久保選手がこの苦しい時期を乗り越えられたのはこれまでやってきたことへの自信があったからだと思いますし、一緒にやってきた私にとっての自信にもつながりました。
久保選手は超一流の選手です。先日のスイスの大会で5,000mの自己ベストを出したのですが、その前日のレースを棄権するという判断を自分でしたのです。本番の経験か、体力の温存か、どちらを取るか難しいところだったと思いますが、コンディションを見極めての判断力も磨かれていると思います。
馬場選手を2017年からサポートをしていますが、馬場選手の変化を教えてください。
馬場選手はこれまで、身体づくりが中心でした。身体は絞れていますので、車いすへの力の伝え方やレース展開を考えることに加えて、感情のコントロールや、モチベーション向上など、いろいろと取り組んでいきたいです。
久保選手、馬場選手の魅力を教えてください。
馬場選手の障がいのクラスの選手を指導するのは初めての経験になります。したがって、私自身、勉強しなくてはいけないことがたくさんあります。馬場選手は、身体づくりにすごく興味があるところがアスリートとして魅力的だと思います。国内で記録をどんどん伸ばしており、今後の可能性がとても楽しみです。
久保選手は、円熟期を迎えつつ、今でも新記録を出し続けているということが素晴らしいです。久保選手と私がともに取り組んでいきたことを、研究成果として一緒にまとめていきたいですね。
久保選手がスキーから車いす陸上へ転向して、私はこの障がい者スポーツの世界を、より魅力的で興味深いものだと感じられるようになったと思います。スキーと車いす陸上という競技の違いに加えて、陸上競技における健常者と障がい者の違いにも新たな気づきが多いです。
選手が競技に打ち込める環境は重要で、日立ソリューションズさんは、障がい者スポーツ支援として一歩踏み込んだ取り組みをしていると思います。
今後の展望や目標を教えてください。
馬場選手は、長い目で見たトレーニングをしていくべきだと思います。そして、アスリートとして最も大事なこととして、「貪欲さ」を出してほしいですね。自分の身体を変えたいという欲求があるとして、どうしたら良いかという自分なりの近道を探していくことで、よりアスリートらしくなるのではないでしょうか。
自分なりの近道の探し方というと?
たとえば、体を鍛えたいと思ったら、プロテインを飲んで、筋トレの本を読めば良いと思います。
しかし、車いす陸上の100mで速くなろうと思ったときに本はありません。だから、他の人をよく観察し、自分でもやってみて、違いがどこにあるのかを考える。そして自分でできることを見つけられると、オリジナリティーが出てくると思います。
そういうことを考えて取り組まないと、日々漫然として2~3年があっという間に過ぎてしまいます。決して焦らず、長い目で見た取り組みが大切だと私は思っています。
久保選手は、東京パラリンピック以降も競技を続けたいという気持ちを持っていますし、後進の選手の指導についても考えています。
これまで蓄積してきた知識やノウハウに加え、パラリンピックのメダリストとしての経験もありますから、先日のスイスでの国際大会でも日本代表チームの選手たちからいろいろと尋ねられていましたね。
これまで苦しんできた時期もありましたが、それを乗り越えて結果が出てきたのはすごいことだと思います。私も日立ソリューションズさんとともに久保選手を支えてきた立場として嬉しいですし、もっと自信をつけさせてあげられるように力を尽くしたいと思っています。
いつも明るい笑顔を絶やさない桜井先生。専門のスポーツ科学のご指導だけでなく、先生と触れ合うことだけでもエネルギーが湧いてくるようです。お忙しい中インタビューにお答えいただき、ありがとうございました。
桜井智野風先生 (桐蔭横浜大学教授)
1991 年、横浜国立大学大学院教育学研究科保健体育学専攻 修了。2014 年4月より桐蔭横浜大学スポーツ健康政策学部ス ポーツテクノロジー学科教授。 『走りのサイエンス』『不調を治す50 の習慣』など著書多数。 日本陸上競技連盟普及育成部委員。日本トレーニング科学会 理事。